伝統太極拳を学ぶ上での心得(伝統本来の指導法とは?)

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伝統太極拳を本格的に学んでいくのであれば、知っておきたい知識や心得といったものがあります。

本ページでは、当会の練習体系の根幹部分を学んだ先生の教えを中心に、私自身が学んでいた時に感じた疑問点や、逆に指導していて感じた点を紹介します。

中国武術は一対一の師弟関係、道場はその集合体

現在、他の武道やスポーツ教室、あるいは何らかの習い事をしている方は、自分がやりたい競技なり、習い事を教えている教室を探して学んでいるのだろうと思います。

太極拳の場合であれば、太極拳の教室を探して、その教室に入会して学ぶというのが一般的でしょう。

それに対して、伝統の中国の武術の場合は、教室に入門するというよりも、その先生個人に入門するという感じです。

その先生に対して、各個人が入門し、入門した一人一人と、その先生の師弟関係の集合体が教室だったり、門派だったりする訳です。

日本的な感覚で言えば、歌舞伎や日本舞踊の家元に入門するとか、陶芸の窯元に入門するとか、そういう感覚に近いです。

もちろん、そういう教室はごく一部ですので、一般的ではないですが、伝統の門派に入門する場合は、そういった心構えが必要となります。

道場は学ぶ場、練習は自分自身で

太極拳の基本功を練習する写真
【道場で学んだものを復習し、自分自身のものにしていく】

この言葉は、当会で学んでいる方には、入門時に説明をしています。

一般的なスポーツや武道の場合は、その練習場所(道場など)に行って練習するのが普通だと思います。

それに対し、太極拳や八卦掌などの中国武術の場合は、道場は学ぶ場、あるいは確認する場であり、練習は自分自身で行うといった認識が必要となります。

理由は、太極拳や八卦掌は、内功という特殊な仕組みを体の中に作る事(一人稽古)が、少なくとも初期段階では、練習の根幹となるからです。

内功についての詳細は、こちらのページをご覧下さい。

とはいえ、最初からそんな事ができる訳ではなく、当初は外見上の形を整える(学ぶ)事から入ります。

手順としては、以下の通りです。

  1. 道場で学び、覚える
  2. 自分で復習する
  3. 自宅で復習して、曖昧なところを、道場で確認する
  4. 確認した上で、量的な稽古を行い、習慣化する
道場

① 道場で学ぶ

③ 自宅で復習して、曖昧なところを、道場で確認する

自宅

② 自分で復習する

④確認した上で、量的な稽古を行い、習慣化する

道場と自宅での練習を繰り返す事で、一つ一つの動作を自分自身で練習できるようにするのが、初心者の第一の目標です。

また、このサイクルを習慣化する事で、太極拳が日常生活の一部となってきます。

当会の練習体系については、こちらのページをご覧下さい。

成果を持ってこなければ、時間の無駄

今時、教室でこのような事を言っていたら、誰も通って来なくなると思いますが、私自身は「成果がないなら、練習に来るな」とも、よく言われていました。

当時は、ずいぶん厳しい言葉だと思っていましたが、実際に自分が教室を17年以上やってきて、身に染みる言葉です。

「道場は学ぶ場、復習する場」であると共に、先生に前回学んだ内容を確認してもらう場でもあります。

その際に、前回指摘された注意点や改善点が、全く改善されていない場合は、先生のほうでも指導のしようがないという事です。

進歩のない状態な訳ですから、学びに来た学ぶ側にとっても、教えに来た教える側にとっても、時間の無駄という事になります。

指導する立場から見ると、その生徒がどのような取り組み方、練習をしているかは、それこそ一瞬で分かります。

「忙しくて、全然練習していません」という方もいますが、こういう方の場合は、道場が学ぶ場ではなく、練習する場になっているんですね。

つまり、上記で紹介した「道場は学ぶ場、練習は自分自身で」ではなくなっているという事です。

そうなると、必然的に入門時期が同じでも、そこに習熟度の差というものが出てきます。

武術を学ぶ場合は、基準に達しているかどうかが、先に進めるかどうかの基準となります。

ですから、基準に達していない場合は、道場に来てもなかなか先に進めないという事になります。

これは、鄭志鴻老師も同じでしたね。八卦掌を学んでいた頃は、一つの動作を学んでも、次の動作を教えてくれるのに大体3か月は当たり前、半年以上かかった事もありました。

私自身が教えていても、成果がまったく上がっていないのに、型の次の動作を教えてほしいという方がいますが、教えようがないというのが実情です。

いずれにしろ、学ぶ立場としては、最低限、前回学んだ内容を復習し、少しでも上達させておく事が義務であり、礼儀とも言えます。

武術は、商売として教えられない

これは、後に陳式太極拳を学んだ先生も同じような事を仰っていました。

私が根幹的なものを学んだ先生の場合は、ご自身でも教室をやってみて無理だと仰っていましたね。

そして、私自身も本質的な事まで教えるなら、商売(サービス業)として教えるのは無理だと思います。

その最大の理由は、武術は何をどの段階まで教えるかの判断は、師のほうに絶対的な権限があるからです。

狭義的な部分で言えば、型の次の動作を教えるかどうか、もう少し広義的な意味で言えば、次の段階の練習段階に進めるかどうか、また根本的にその人に教えるかどうかなど、指導に関しての一切の権限は、師のほうにあります。

その生徒の人間性、努力、学ぶ姿勢や態度、取り組み方、上達の度合いなどを総合的に判断して、師のほうが決定します。

それに対し、スポーツクラブやスポーツ教室のように、サービス業を営む場合は、生徒に辞められると困る訳ですから、必然的に生徒の希望や要望に応じたサービスを提供する事となります。

つまり、生徒のほうに権限があります。そこが最大の違いと言えるでしょう。

武術をサービス業として教えると、本人の習熟度とは全く関係なく、生徒の要望に応じた指導をしなければなりません

そうなってしまうと、結局、本質的な部分は教えようがない訳ですから、文字通り形だけという事になります。

武術界独特の教え

この項目では、私自身が学んでいた時に疑問を感じていた教えや決まり事について紹介します。

実際に中国の武術を学んでいると、「どうして、だめなの?」と思う事も多々あります。

例を挙げると

  • 生徒同士が互いに教え合ってはいけない
  • 他の人の練習を見てはいけない
  • 質問は、先生や指導員以外にしてはいけない
  • 学んでいた内容が、途中で中断してしまう

などがあります。

一般的には、分からない事があれば、生徒同士で互いに教え合って、理解を深めるのは良い事でしょうし、人の練習を見る事も参考になるでしょう。

ただし、武術の場合は、前述したように、その生徒に何をどう教えるのかは、全て先生のほうに権限があります。

先生のほうで、この人はもう少し努力が必要だなとか、こちらの指示に従っていないなと判断していても、生徒同士が勝手に教え合ってしまったり、他人の動作を見て覚えようとしてしまえば、その師の判断は全て無効となってしまいます。

また先生や指導員以外に質問をしても、その人が本当の意味で理解していない場合は、本質を見誤る事となります。

つまり、上記のような行動をとってしまうと、その生徒に対して、先生が考えている指導ができなくなるという事です。

学んでいた内容(例えば、型など)が、途中で中断してしまうのは、いくつか理由があります。

一つは、明らかに習熟度が追いついていない場合。この場合は、最初に戻ってからのやり直しとなります。

もう一つは、その門派の指導法で、学ぶカリキュラムが決まっている場合もあります。

伝統太極拳の套路(型)は、5~6部構成となっており、1段目が終わった後は、用法や技法の習得に励み、時期を置いて2段目に進む門派もあります。

また、この套路の何段目まで学んだ後は、別の套路を学び、その後に套路の続きを学ぶ場合もあります。

この場合は、原理上、その順番で学んだ方が理解しやすいという理由からです。

いずれにしろ、その人にどのような階梯で指導するかは、師の判断という事になります。

では、なぜこのように、指導に対して細かい決まりごとがあるのでしょう?

一言でいえば、それは【武術】だからです。

武術というのは、使い方によっては、人を傷つける道具となり得るからです。

現在、太極拳や八卦掌を学んでいる方のほとんどは、健康法だったり、趣味だったりだと思います。

ただ、その中には、武術として、より厳しい基準の中で学んできた先生もいるでしょう。

そういう先生の場合は、【人を傷つける道具】である事も理解しているでしょうから、指導に際し、慎重にならざるを得ないという事になります。

功夫は、師と生徒の共同作業

功夫と言うと、カンフー、中国拳法の総称として受け取る方が多いと思います。

功夫の本当の意味は、積み重ねてきた能力、実力の事を言います。

つまり、仕事ができる熟練の職人さんに対して、あの人は功夫があるというような使い方をします。

職人の世界と、武術の世界は、非常に似ています。

職人の世界でも武術の世界でも初心者は、文字通りひよっこです。

それこそ、親方が手取り足取り教えてあげないと、何もできません。

その何もできない人間を、一人前に育て上げていくのが親方です。

ここまで説明してきたように、内功など太極拳の本質的な事まで教えるとなると、先生のほうでも大変な作業を請け負う事となります。

また、生徒のほうでも、こちらの指示や方針に全面的に従ってもらう必要がありますし、それに対応できる環境を作り、真摯に取り組んでもらう必要もあります。

つまり、功夫は、親方と弟子の共同作業です。

親方のほうが一所懸命でも、弟子のほうが、それほどやる気がなければ、功夫は完成しないでしょうし、

弟子のほうに、すごくやる気があったとしても、先生のほうが忙しくて時間が作れなかったり、教える気がなければ、同じ結果となります。

そう考えると、結局は相性とも言えます。

いずれにしろ、一人の人間が本気で教えられる(育て上げる)人数は、限りがありますから、その中でどう認められていくかは自分次第です。

他門派との付き合い方と礼儀

最近はSNSをやっている方も多いと思います。

そういうSNSなどで武術を学んでいる方や教えている方の投稿を見ていて思うのが、ちゃんとした先生に学んでいないのだなとか、師や師兄弟に他派との付き合い方や礼儀を学んでいないのだなと感じる事が非常に多いという事です。

同門や友人間であれば、冗談で済むような話でも、一面識もない他派の人間に対して行ってしまえば、それこそ笑い事では済まない状況になる場合もあります。

本人は冗談のつもりで書いたつもりでも、他派を批判するような事を書いてしまえば、当然その門派で学んでいる方は気分が良くないでしょうし、その友人や関係者であれば、尚更でしょう。

そういった事を書いてしまう方は、ちゃんとした先生や流派で学んでいないのでしょうね。そして、それを注意をしてくれる師や兄弟弟子もいない。

おそらく、自分で勝手に指導者となっていたり、自分の格を上げるために、そういった言動や行動をしているのでしょうが、そのうちひどい目に遭うかもしれません。

また、そうなった時に仲裁をしてくれる人もいないでしょう。

他派の人間と付き合う場合は、通常の2倍の礼儀と謙虚さを忘れてはいけません。特にお酒の席などでも忘れないようにしましょう。

冗談を言い合うのは、SNS上ではなく、現実の友人となってからでも遅くはありません。

学ぶとは、入門するとは

今回は、伝統太極拳を学ぶ上での心得について、私自身が学んでいた頃の事も思い出しながら、紹介してみましたが、いかがだったでしょうか。

当会では、サービス業としての太極拳や八卦掌の指導はしておりません

理由は、今回紹介したように、商売として割り切って指導できるような、時間的な余裕も場所もないからです。

教えられる時間も場所も限られていますから、本当に学びたい方のみ、こちらもじっくり指導したいというのが、当会の本心です。

ですので、サービスを受ける感覚で来られても、良い結果にはならないと思います。

その上で、当会で学んでみたいという方は、以下の2点をご確認下さい。

学ぶとは、入門するとは?
  1. 先生に自分を教える時間を作ってもらうという事
  2. その時間は、本来は先輩達が学んでいる時間を分けてもらうという事

武術や芸事の世界では、何事も我慢が大事ですとか、礼儀や学ぶ姿勢を重視されますが、まず上記の2点のみ、考えてみて下さい。

そうすれば、師や先輩たちに対して、どのような接し方をすれば良いのかが分かると思います。

過去に当会で入門者を勧誘した事は、一度もありません。

勧誘して、お客様として来て頂いても、太極拳や八卦掌の本来の指導法ができないからです。

健康法として学ばれるのも、趣味として学ばれるのも、ダイエットで行うのも大いに歓迎します。

ただし、指導方法は伝統の教え方をさせて頂きます。

(もちろん健康法を目的の方に、武術目的の方の基準を押し付けたりは致しません。それぞれの目的に応じた基準を授けます)

この方針は今後も変わりません。

それが、当会の方針です。

当会での学習を検討されている方は、受講案内にお進みください。