
本ページを訪れた方は、太極拳の武術性について、あるいは太極拳がどう戦うのか、また太極拳が格闘技として役に立つのかなどの疑問をお持ちの方だと思います。
私は、小中学校時代に剣道、高校時代はラグビー、そして10代の後半から20代の前半までは、打撃系や総合格闘技の練習をしていました。
そして、その上で太極拳や八卦掌などの中国武術を25年以上学んできました。
気付いてみると、40年近くを武道や格闘技、そして武術の世界に携わってきた訳ですが、そんな私が太極拳の実戦性について、検証してみたいと思います。
伝統武術(太極拳)は、なぜ格闘技に勝てないのか?
ここ数年、中国の太極拳家が総合格闘技の選手の挑戦を受けたり、日本の古武道家が、打撃系の試合に出場した動画などを見ました。
いずれの試合も、残念ながら、一方的な展開で終わってしまった訳ですが、ある意味では、これが伝統武術の現実だと思います。
この先生方が特別にどうこうという訳ではなく、伝統武術家が十分な対策を練らずに、格闘技に挑戦しても、9割以上は、同じ結果となるでしょう。
実際、今の私がいきなり総合格闘技の試合に出ても、同じ結果になると思います。
伝統武術家が格闘技に勝てない理由には、以下のようなものがあります。
- 年齢的、体力的な問題
- 道場と試合では、全く状況が異なる
- ルールに応じた対策が必要
年齢的、体力的な問題

一つは年齢的な問題というのが現実的にあります。
50才近くになると、やはり体力といったものは、40才位の時と比べても、ずいぶんと落ちます。
私自身は、子供の頃から武道やスポーツ、格闘技などをやっていたので、40才位までは体力には絶対的な自信がありました。
それが40代半ば位で、一気に体力が落ちました。現在20代~30代の方には分からないと思いますが、それこそ自分でも驚くほどでした。
同時に気力や闘争心も、がたっと落ちます。
これは生物体としての宿命なのでしょうね。
動物の世界でも、かつて隆盛を誇ったボス猿やライオンのリーダーも世代交代には敵わず、若いオスにボスの座を奪われ、寂しい余生を送ります。
格闘技の場合も、ピークは20代、頑張っても30代というのが現実です。
野球などの球技にしても、40代まで続ける事ができる方は、ごくまれでしょう。
これが50代や60代で、20代や30代の方と同じ土俵で、格闘技の試合に出るとなると、それは大変な準備が必要な事が分かると思います。
年齢に応じた心・技・体

どの分野でも真剣にそれに取り組んできた方は、引退後も技術や戦略といった頭脳を使った部分は向上していきます。
しかし、体力や反応速度がそれについていかない。
武道の世界で、心・技・体という言葉がありますが、技は伸びていく可能性はあるが、心と体が落ちていってしまう。
そこで若手を指導するコーチとなるのか、自分自身を極めていくかは、その人自身の選択だと思います。
いずれにしても、年齢といったものを、現実に感じた時が、今後どのような立場として、その分野に携わっていくかの分岐点となります。
私の場合は、力があるうちは、強引に力で技を掛けていた部分がありました。
今は力が無くなってしまったので、技術と戦略で技を掛けるしかありません。ごまかしは一切効かなくなりました。
一つの可能性があるとすれば、太極拳や八卦掌のような内家拳は、内功といった特殊な仕組みを体の中に作る事で、年齢を重ねても動きの質を変えていく事はできます。
つまり体力は落ちていきますが、運動の質を変える事で、体力や筋力の低下を補う可能性はあると思います。
あとは、心の部分ですよね。
心の部分は、言い換えれば、自信の事です。
自分を信じられるかという事。
若い頃であれば、練習量がそれに直結します。
ただし、年齢が上がっていけば、若い頃と同じような練習量をこなすのは無理ですし、無茶をすればケガをします。
となれば、内功によって、運動の質を変えると共に、圧倒的な技術を身に付ける必要があります。
つまり若者に真似のできない圧倒的な動きと技を身に付けるという事ですね。
それが実現できれば、自信につながっていくでしょう。
私の場合も、その可能性を信じて、いまだに試行錯誤している過程です。
いずれにしても、伝統武術家が格闘技に対応するためには、若い頃とは違うやり方で、心・技・体を整えていく必要があります。
※ 文中に出てくる【内功】については、詳しくは、【内功について】 のページをご覧下さい。
道場と試合では、全く状況が異なる

これは伝統武術家が一番陥りやすい罠だと思います。
伝統武術が格闘技に勝てない 最大の要因は、生徒に教えていて技を掛けるのと、本気でこちらを倒しにくる相手に対して技を決めるのでは、全く次元が異なるという事です。
基本的に道場での練習というのは、生徒達は学びに来ている訳ですから、先生の言う通りに技を受けようとします。
右手で突いてきてとか、手首を持ってとか、状況を設定して、技の練習をしていきます。
相手が何をしてくるのかという設定が決まっている訳ですから、その状況では、うまく技がかかるかもしれません。
これが試合や実戦となると、当然ですが、相手は設定外の事をしてくる訳です。
また技を学ぼうという意識など当然なく、ただこちらを一方的に倒しに来ます。
一言で言えば、約束組手と自由組手(散手)の違いという事になりますが、伝統武術の場合は、約束組手から自由組手へのステップが、うまくリンクしていない場合が多いと思います。
太極拳の場合であれば、套路(型)、推手、用法(約束組手)から、いきなり散手(自由組手)というのは、少しハードルが高いでしょう。
この約束組手から、自由組手へのステップが、格闘競技へ挑戦する場合は、一つの必須条件となるのは間違いありません。
ルールに応じた対策が必要
太極拳と総合格闘家の試合は、実質的には総合格闘技のルールで行ったのでしょうから、そのためには総合格闘技の技術が必要です。
少なくとも、寝技への対処法が必須でしょう。
具体的には、どう寝技に持ち込ませないか、また寝技に持ち込まれた際に、どう逃げて、どう形勢を逆転するのかといった技術が最低限なければ、寝技に持ち込まれた時点で勝敗は決していると言えます。
合気道家などの古武道家が打撃の試合に参加する場合も同じです。
やはり打撃の攻防技術が必要となるでしょう。
少なくとも、合気道や柔術の技を掛けるためには、相手を捕まえないといけないでしょうから、相手の打撃を防ぎながら、接触するための技術が必要となります。
太極拳の場合も同じように、搭手という相手と手首を触れた状態からの技術は、推手も含め、非常に発達しています。

この状態からの技術の一例として、金剛搗碓の用法例を紹介しましょう。
このように、太極拳の場合は、搭手の状態からの打撃技、投げ技、関節技などの技術を多く保有しています。
という事は、太極拳が打撃系の格闘技に挑戦するのであれば、この搭手の状態にいかに持ち込むか、また搭手の状態に持ち込むまでに、いかに相手の攻撃を封ずるかが鍵となってきます。
そのためには、太極拳の格闘技としての長所と短所を明確に把握し、ごまかさずに、そのルールに応じた対策を考える必要があるでしょう。
太極拳の武術としての長所と短所
本項では、太極拳が格闘技に対応するために、太極拳の武術的な長所(メリット)と短所(デメリット)を明確にしていきましょう。
太極拳の武道としての長所(メリット)
太極拳の格闘技としての長所(メリット)には、以下のような点が考えられます。
- ノーモーションでの突発的な打撃
- 一挙動での攻防一体の線撃
- 適時適正な攻撃部位を用いる
- 推手で得る攻防の転換
順に紹介していきましょう。
ノーモーションでの突発的な打撃
太極拳や八卦掌などの内家拳を正しく学んでいけば、内功といった特殊な仕組みを体の中に形成していく事になります。
この内功が噛み合ってくると、中国武術独特の瞬発力を発生させる事ができるようになります。
※ 内功について、詳しくは、こちら のページをご覧下さい。
またこの内功による瞬発力と、套路(型)の動作を組み合わせる事により、太極拳独特の打撃技が使用できるようになります。
陳式太極拳の懶扎衣の套路の動きと内功による瞬発力を見てみましょう。
前述した基礎的な内功の瞬発力と套路で得た仕組みを組み合わせると、懶扎衣の打撃技法となります。
懶扎衣についての詳細は、こちら のページで解説しています。
同じく陳式太極拳の単鞭についても見てみましょう。
太極拳の単鞭について詳しくは、こちら のページをご覧下さい。
このように太極拳は、内功が噛み合ってくる事によって無挙動での突発的な打撃を打てるようになります。
太極拳を格闘技として、活用するためには、少なくとも伝統套路(型)の前半部分の各技法に習熟し、かつ、一つ一つの技法を単独で使用できるレベルまで高めておく必要があります。
一挙動での攻防一体の線撃
上述した「ノーモーションでの突発的な打撃」は、単発のみの打撃となります。
次の段階では、いくつかの技法を組み合わせていきます。
格闘技的に言えば、コンビネーションという事になりますが、太極拳の場合は前述した内功による瞬発力を用い、一挙動での2~3技法の連撃も可能となります。
一例として、陳式太極拳の六封四閉から、懶扎衣への線撃を紹介しましょう。
※ 内功による瞬発力を用いた連撃は、各技法の内功が完成してからでないと、ケガをする可能性があるので、安易に真似はしないで下さい。
この技法を対人で行うと以下のようになります。
一度だけだと、何をしているか分からないので、この動画では同じ動画を二度つなげています。
この技法を少し解説してみましょう。

上の写真では、相手の攻撃を右ポン勢で受ける。あるいは、自分から右ポン勢で仕掛けています。

相手の右腕を左手に渡し、滑り込ませるように右切掌(六封四閉)を打ちます。(実際には、この状態で化勁をかけています)
陳式太極拳の六封四閉については、こちら のページで詳しく解説しています。

相手が右切掌に反応した瞬間、相手の左手を制御し、そのまま上に切り返して、右懶扎衣へとつなげます。
スロー再生でもう一度見てみましょう。
このように太極拳は、まず一つ一つの技法を習熟させた後、各技法を組み合わせ、かつ相手の意識を巧みに利用した技法を用います。
適時適正な攻撃部位を用いる
ここまでいくつか太極拳の技法を紹介してきました。
これらの技法には、以下のような部位を用いています。
金剛搗碓
- 右撩陰掌(挑掌、托掌、下から上へ掌で打つ打法)
- 翻捶(裏拳打ち)
六封四閉から懶扎衣への変化
- 右切掌(手刀打ち)
- 右掌打(掌による打法)
切掌と掌打は、前項の写真をご覧下さい。

これらの技法だけでも、一般的な格闘技では、使わない部位だと思います。
他にも、太極拳や八卦掌などの中国武術には、様々な部位を用いた技法がありますので、いくつか紹介しておきましょう。





太極拳や八卦掌などの中国武術では、打突部位に応じて様々な手形を用います。
ルールにもよりますが、他の格闘技が使わない技法を用いるのは、うまく活用すれば、大変有効な武器となります。
推手で得る攻防の転換

太極拳には、推手という練習法があります。
推手で得る項目には、貼粘勁や聴勁など様々なものがありますが、もっとも重要なのは、攻防の転換です。
推手の練習を行っていると、相手の攻撃の発動を意識の段階で、身体全体で感じる事ができるようになります。
実際の格闘技の場面では、推手のようにお互いに手首を触れ合った状態はありませんが、それでも相手の攻撃の発動を感じる事はできます。
また、総合格闘技でよく見られる、相撲のように組み合った状態でも、相手の力の方向を察し、転換する事はできると思います。
ちなみにですが、太極拳家同士であれば、推手を行う事によって、お互いの力量は分かります。
功夫の高い人と推手をやると、押し返せませんから。
ただ、それに甘んじていると、他の格闘技の人は推手の意味自体が分かりませんから、推手の状態からさっと抜け出て、反撃してきます。
推手に関しては、近いうちに詳細な記事を書くつもりです。
太極拳の武道としての短所(デメリット)
これまで太極拳を格闘技として活用するための長所について紹介してきましたが、本項では逆にデメリットについても正直に書いておきましょう。
太極拳の武道としての短所には、以下のようなものがあります。
- 寝技の技術がない
- 適切な自由組手の試合形式がない
順に説明していきましょう。
太極拳には、寝技の技術がない

残念ながら、私の知る限り、太極拳には寝技の技術はありません。
自分が倒れた際に、相手の足を引っかけて倒す技術は見た事がありますが、本格的な寝技の技術は見た事がありません。
中国武術は、元々屋外で行うものですし、日本と中国の生活習慣の違いもあるのでしょう。
ですので、仮に太極拳家が総合格闘技の試合に出るなら、総合格闘技用の寝技の技術を一から学ぶ必要があります。
ただ、内功のできている人は、必然的に体の使い方が違いますから、同じ技術を学んでも独特なものになるかもしれませんね。
総合格闘技で活躍する太極拳の選手というのも見てみたいものです。
太極拳には、適切なルールでの自由組手の試合がない

太極拳には、空手や柔道、ボクシングなどのように適切なルールの下での自由組手形式の試合がありません。
推手形式の試合は行われているようですし、中国武術全般の散打形式の試合も行われています。
しかしながら、これまで紹介してきた太極拳の特徴や長所を活かした上で、打撃も含めた試合形式となると、なかなか難しいものがあります。
その理由は、なぜでしょう?
本コンテンツでは、これまでいくつかの太極拳の用法例を紹介してきました。その写真を見ると、何か気付く点はないでしょうか?
掌打 切掌 斬手 背掌 腕打 肘打 拳槌
そう、攻撃する側の反対の手で、相手を制御しているのが分かると思います。
太極拳は攻防一体を旨としますから、相手の攻撃や防御に接触し、その腕を自分が攻撃しやすいように、制御しながら攻撃します。
それ故、ほぼ確実に相手の腕に接触した状態で攻撃している事になります。
これは、ルール上だと掴みありの打撃のルールという事になります。
ボクシングや空手の試合を見た事がある方は分かると思いますが、通常の打撃のルールでは、掴みは禁止です。
何故かというと、掴みありで打撃の試合をすると、お互いに掴み合って、殴り合う訳ですから、喧嘩と同じスタイルになるんですね。
そうなると、スポーツとしてとか、武道として、一般に見せる事ができるかというと、正直難しいものがあります。
本当は、そのルールの中でも、掴み合って、殴り合うだけではなく、太極拳独特の攻防の展開ができれば理想なんですけどね。
ただ制限時間を決めて、その中で本気で相手を倒そうとすると、9割がたは、喧嘩スタイルになるでしょう。
当会でも、試合スタイルをやりたいという若い子達が集えば、色々な試合形式を試してみたいとは思いますが、どうしても太極拳というと、40代位から始める方が多いです。
そうなると、なかなか実現できないのが実情です。
若い子達が、太極拳や八卦掌に興味を持ってくれるように、まず私達が活動していかなければいけませんね。
太極拳が格闘技に対応するためには、具体的に何をすれば良いのか
本項では、仮に太極拳家が格闘技の試合に出場する場合に、私自身がどのようなアドバイスをするのかを基準に考えてみたいと思います。
私個人がアドバイスをするとしたら、以下の4点となります。
- 攻防の要、攬雀尾を手に入れる
- 相手を倒せる打撃力を身に付ける
- ルールに応じて技法をアレンジする
- 出場するルールでの経験を積む
順に説明していきましょう。
攻防の要、攬雀尾(らんじゃくび)を手に入れろ
攬雀尾というのは、楊式太極拳の第一手です。陳式太極拳で言えば、懶扎衣にあたります。
この技法は、太極拳の攻防の要となる技法です。
この技法に含まれる技法は、ポン、リー、チー、按(アン)の四手、いわゆる四正手という事になります。
一般的には四正手は、推手などでの防御的な技法と捉えられていますが、当門の場合は、攻撃技法としても積極的に活用します。
まず四正手の防御的な考えを述べておきましょう。
攬雀尾の防御的な使用法
下の図は、四正手の一般的な防御の方向を示したものです。

- ポン…上へ弾く
- リー…後ろへいなす
- チー…前へ出て遮断する
- アン…下へ押さえる
実際には、四正手それぞれを単独で使うというよりは、ポンからリーに変化するとか、ポンで接触しながら、チーで遮断するとか、各技法を組み合わせて使用します。
四正手は、相手との第一次接点で使用する防御技法と言えるでしょう。
攬雀尾 ポン勢

ポンは、四正手の中でも、最重要の技法です。
楊式太極拳の伝統套路は、左ポン勢から右ポン勢への繋ぎから始まりますが、それだけ重要な技法だという事です。
基本的には、相手の攻撃に対して交差して接触し、その後リーやチーに変化する事が多いです。
また自分から仕掛け、相手の防御を誘う場合は、ポン勢にチー勢の意識を乗せて行います。
下の動画のポン勢は、自分から仕掛けて使う際のポン勢です。
攬雀尾 リー勢

ポン勢は交差して用いる事が多いのですが、続くリー勢は、逆に相手を迎え入れる防御技法です。
ただし、もっとも利用頻度が高いのは、ポンで接触し、リーに変化するパターンです。
相手を迎え入れた後、採(ツァイ)などで相手を捕らえ、反撃します。
またリーを使って、相手の腕自体を巻き込んで捉える場合もあります。

攬雀尾 チー勢

チー勢は、相手の中心に向かって交差し、相手の攻撃を遮断する防御技法です。
チー勢からリー勢へ変化したり、逆にリー勢からチー勢などへの変化が多用され、相手に密着するための前段階としての技法とも言えます。
チー勢からリー勢への変化として、代表的な用法例としては、野馬分鬃などがあります。
攬雀尾 按(アン)勢

按には、下方へ押さえる下按と前方で相手を封じる前按とがあります。
下按は、ポン勢並びにリー勢から相手の攻撃を下方に抑え反撃しますし、前按はポンから相手に密着するように用います。
前按の代表例としては、陳式太極拳の六封四閉や楊式太極拳の如封似閉などがあります。
換手技法
ここまで四正手の防御的な使用法について紹介してきましたが、実際に相手の攻撃から反撃に転じるには「換手」の技術が必要です。
換手とは、文字通り手を変換する技術です。
一つの具体例として、太極拳の白鶴亮翅で説明しましょう。
具体的には、右手で相手に接触し、ポンからリーへ導き、そこで左手の按へ手を入れ替える作業です。


このように太極拳は、四正手で相手に接触した後、自分が攻撃をしやすいように、換手をして相手を制御しながら攻撃へ転じます。
攬雀尾の攻撃的な使用法
ここまで攬雀尾の防御的な使用法を説明しましたので、ここからは攬雀尾の攻撃的な使用法について紹介しましょう。
以下は、右手で攬雀尾を用いて攻撃する場合の方向性を示したものです。

ちなみに、矢印の方向が微妙に異なっているのは、わざとです。
攬雀尾を攻撃的な技法として用いる場合、リーやチーは平円に近く、ポンは立円の軌道を通ります。
あれ?四正手以外に、何か一つ増えていませんか?
はい。撩という技法が増えています。
撩というのは、下から上へ切り上げる技法です。
楊式太極拳であれば、提手上勢。陳式太極拳であれば、金剛搗碓に含まれています。
太極拳に五行拳はありませんが、仮に五行拳を設定するとすれば、私だったら攬雀尾に撩を加えて五行とします。
- 楊式太極拳…攬雀尾(ポン、リー、チー、按)+提手上勢(撩)
- 陳式太極拳…懶扎衣(ポン、リー、チー、按)、六封四閉(ポン、リー、チー、按)、金剛搗碓(撩)
では、攬雀尾の攻撃としての使用例を具体的に紹介しましょう。
以下の技法は、全て相手の攻撃を右ポン勢で防いだ状態、もしくは、自分から右ポン勢で仕掛けた状態からの変化として考えて下さい。

ポンの攻撃技法

リーの攻撃技法

チーの攻撃技法


按の攻撃技法

撩の攻撃技法
右手を用いた撩の技法としては、上段を狙う楊式太極拳の提手上勢、下腹部を狙う陳式太極拳の金剛搗碓に含まれる撩陰掌などがあります。


ここまで、攬雀尾を用いた攻防の技術について紹介してきましたが、いかがだったでしょうか?
今回は、双方が右構え(サウスポー同士、太極拳は右構えを旨とするため)でのパターンを紹介しましたが、一般的な打撃系の格闘技では、左構えの選手が多いですから、対左構え、または双方左構えでの攻防も各自で考えてみると良いと思います。


相手を倒せる打撃力を身に付ける

前項で紹介した攬雀尾は、相手との第一次接点での攻防技術です。
言い換えれば、最低限相手の攻撃を防ぎ、かつ相手を撹乱させるための技術と言えます。
その上で換手と歩法を用いて、更に密着し、相手を捉え、強烈な打撃を食らわせるのが、太極拳のもっとも基本的な戦略です。
いわゆる近接した間合いでの打撃の事ですが、結局はどのような格闘技でも、最終的に相手を倒せるだけの打撃力がなければ、勝負がつきません。
その打撃力を筋力を強化して身に付けるのか、固い物を打つ事で得るのか、あるいは内功を練って手に入れるのかは、各門派での考え方だと思います。
(実際は、それぞれのパーセンテージ)
本項では、太極拳の内功を用いた打法をいくつか紹介しましょう。
陳式太極拳 六封四閉(ろくふうしへい)の打法
六封四閉は、相手の両手を封じた上での投げ技として紹介される事が多いですが、今回は切掌と撞掌での打法を紹介します。
実用時は、ポンで相手と接触し、換手した後、相手の肝臓を狙って打ち込みます。
太極拳式のレバーブローと言える技法です。
体を震わせる抖勁を用い、密着した状態では、肘打ちとして使用する事もあります(順身肘)。
六封四閉の撞掌(どうしょう)は、乱扎衣の変化技法です。
乱扎衣は、頭部を狙うため、身体を伸長させて打ちますが、六封四閉の撞掌は、逆に体を圧縮して打ち込みます。
相手の胸部、または腹部(中段)を狙う、かなり強烈な打法です。
応用例としては、陳式太極拳 高探馬の用法のように、頭部を上から打ち落とすように使う場合もあります。

六封四閉の技法について全般は、こちら のページで詳しく解説しています。
楊式太極拳 摟膝拗歩(ろうしつようほ)の打法
太極拳を代表する技法の一つである摟膝拗歩です。
套路で得た仕組みと内功による瞬発力を融合して打ち込みます。

陳式太極拳 演手捶(えんしゅすい)の打法
摟膝拗歩と並ぶ太極拳の決め技である演手捶です。
本来の演手捶や摟膝拗歩は、相手に密着し、捕らえた後に打ち込みますが、ここでは格闘技用に少しアレンジした拗歩捶と順歩捶を紹介しています。
今回、動画を撮影してみて、改めて気付いたのですが、内功を用いた演手捶は、身体は捻じらす、腰も入れず、一般的な打撃系の逆突きとは、まったく異なる原理で突いているのが分かると思います。
表面上は、内功の動きは見えませんから、一見すると手打ちのようにも見えますね。
ちなみに突いた後に、手を引いているように見えますが、引く意識は全く用いず、突きの終着点から、ゴムが引き戻されるように自然に戻ってきます。
空手のナイファンチ(鉄騎)の逆突きと酷似しています。
形式上は、順歩となっているので、順歩捶としていますが、内功が噛み合ってくれば、実際は順歩や拗歩といった区別は無くなります。
順歩捶では、意識の発動と共に拳が射出され、身体はそれに引っ張られていきます。
感覚的には、相手に当たってから、引っ張られて行くような感じです。
障子を突き破らなくて良かったです(^_^.)
ルールに応じて技法をアレンジする
太極拳で格闘技に対応するための三つ目は、太極拳の技法を各ルールに応じてアレンジする方法です。
特に打撃系のルールで掴みが一切禁止の場合は、攬雀尾で相手と接触し、換手して密着する戦法は、ルール上使い辛い場合もあります。
そういった場合は、各技法をそのルール内でも使えるようアレンジする必要があります。
雲手(うんしゅ)を用いたワンツー
太極拳の雲手は、基本的には防御技法、または両側面にいる相手を、ほぼ同時に打つ技法ですが、今回はボクシングのワンツーのように前方にいる相手を挟み打つ技法を紹介しましょう。
速く動いている時は、指先で突いているように見えますが、実際には、右 → 左と手刀部で挟むように打っています。
また、右の雲手の中から、左の雲手が生じ、一挙動となるのが、この打法の特徴です。
動画では、ワンツーとなっていますが、実際には三手を同時に用いる事が多いです。


手刀を用いた攻撃が認められないルールの場合は、拳頭部を用いて行う事も可能です。
六封四閉を用いた連打
打撃系にしろ、総合格闘技にしろ、相手がKOで倒れるのは、抜群のタイミングでカウンターが決まるか、軽い打撃で相手がバランスを崩した瞬間に、追い打ちをかけて連打で倒すかのどちらかだと思います。
ここでは、六封四閉を用いた太極拳式の連打を紹介します。
拡大するなりして、何発撃っているのか、当ててみて下さい。
分脚(ぶんきゃく)を用いた、上下の挟み撃ち
雲手を用いた左右の挟み打ちを先に紹介しましたが、ここでは分脚を用いた上下の挟み撃ちを紹介します。
本来の分脚は、相手を引き崩した後に頭部や腹部などをピンポイントで蹴りますが、掴み禁止のルールでは使えないため、
ここでは、右劈掌(高探馬)で相手の防御を誘い、相手の意識が上段に向かった瞬間に腹部を分脚で狙います。
後半は、スーパースローとなっています。
この挟み撃ちの技術は、他に白鶴亮翅や斜行単鞭などでも応用可能です。
各自で考えてみましょう。
演手捶を用いた二段打ち
先に紹介した演手捶を用いた二段打ちを紹介します。
一打目の演手捶で相手のガードを固めさせ、相手のガードが緩んだ瞬間に二打目の演手捶を打ち込みます。
いずれも内功による操作で、一打目、二打目ともに威力が落ちないようにする工夫が必要です。
二打目を鉤突き(肘底看拳)へ応用する事も可能です。
手でチョンチョンと突いているように見えますが、スーパースロー再生で見ると、二打目もしっかりと打ち込んでいるのが分かると思います。
ここまで、いくつかの太極拳の技法を現代格闘技でも使えるようにアレンジしてみましたが、いかがだったでしょうか?
実際には、そのルール自体で、また変わっていくでしょうから、そのルールに応じて色々と考えてみると面白いと思います。
出場するルールでの経験を積む

一発勝負の異種格闘技戦も面白いですが、私だったら、やはりそのルールでの経験を積みます。
初めは仲間内で、そのルールの典型的なスタイルで相手をしてもらいます。
その中で、自分の門派の技術がどう使えるのかを、徹底的に研究します。
色々と試していれば、思わず出てくる技もあるでしょう。
そして、その技法が、実は太極拳のこの技法の用法だったり、応用例である場合もあると思います。
その作業は、とても楽しいと思いますよ。
その上で、可能であれば、その大会に出場している団体に出稽古に行ってみるとよいでしょう。
今の時代、いきなり道場破り扱いはされないと思います。ただし、事前にちゃんと連絡をして、最大限の礼儀は必要です。
そうして、今できる限りの準備をした後、試合に出るのであれば、出場してみましょう。
それでも最初のうちは勝てないかもしれません。
その理由は、そのルールでの最良の戦い方を、その主催団体がすでにしているからです。
初期のアルティメットの大会でグレイシー柔術が圧倒的に強かったのは、あのルールは、彼らのルールだったからです。
他の出場選手が、どう戦えば良いのか分からない中で、そのルールでの戦い方を熟知していた訳です。
他人のルールで勝てるようにするには、彼ら以上に、そのルールに熟知し、彼らが使わない(使えない)技術をこちらが磨くしかありません。
まとめ
今回は、太極拳の武術性について、あるいは太極拳がどう戦うのか、また太極拳が格闘技として役に立つのかなどの疑問に対して、私なりの指針を示してみましたが、いかがだったでしょうか?
現在の私自身が、格闘技に挑戦したいという気持ちはありませんが、それでも太極拳で格闘技に挑戦したいとか、総合格闘技で太極拳の技術を活用したいという方がいれば、最大限の応援や協力をしたいという気持ちはあります。
ただし、その人自身に、どれだけの主体性があるかですね。
私自身が箱(練習場所や時間)を用意しても、その人自身が練習に来なかったり、辞めてしまえば意味がない訳ですから。
具体的には、練習場所は自分で確保してくるとか、練習相手(トレーニングパートナー)も自分で探してくるとか、そういった主体性のある方がいれば、喜んで協力します。
もちろん無償という訳にはいきませんが、費用は相談にのるし、学生であれば学割にしてあげます。
遠方でも構いませんよ。今は、コロナ禍で動けないかもしれませんが、オンラインもありますから、その人のやる気次第です。
何だったら外国でもいいですよ。渡航費を準備してくれれば、相談にのります。
女性でも構いません。総合格闘技で女性が、太極拳や八卦掌の技で活躍するなんて、夢があっていいじゃないですか。
いずれにしても、競技に専念できる期間は限られているでしょうから、躊躇してる時間があれば、早く行動に移したほうがいいですよ。
また他武道の団体で、太極拳や八卦掌の技術を活用したいという場合も、ちゃんとした段取りさえ踏んで頂ければ、前向きに検討します。
上記のような、熱い気持ちをお持ちの方がいれば、問い合わせフォーム からご連絡を下さい。
こちらの心に響くものがあれば、前向きな返答を致します。
概要のみを抜粋したつもりですが、それでも結構な文字数となりました。最後までお読み頂きありがとうございました。
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