本記事では、伝統太極拳の特徴と歴史、太極拳の種類と練習体系、そして伝統太極拳を学ぶメリットやデメリットについて概要を紹介しています。
Contents
伝統太極拳の特徴
太極拳には、健康法や表演を目的として、近年新しく制定された太極拳と、中国の動乱の歴史を乗り越え、伝わってきた伝統の太極拳とがあります。
伝統太極拳の特徴としては、以下のような点が挙げられると思います。
- 武器術との関連性が非常に高い
- 内功といった独自の運動体系を有す
上記の2点は、実際には密接に関係しており、太極拳発祥の理由とも重なります。
太極拳発祥の理由は、次項の伝統太極拳の歴史と併せて紹介します。
太極拳の発祥と歴史
太極拳や八卦掌の発祥については、仙道や道教から発生したとの説が未だにあります。
確かに内功によって生じた力(内勁)を運用する太極拳と、気(内丹)を運用する道教などの修行法には共通点もありますが、今回は武術としての太極拳がどのような過程で発生したかについて考えてみましょう。
太極拳の発祥地は、武器術が盛んだった。
太極拳の発祥地とされる河南省温県 陳家溝は、刀、剣、槍、春秋大刀、双刀などの武器術が盛んな土地でした。
中国という国は、有史以来、絶えず異民族の間で国盗り合戦をしてきた国です。
また、馬賊や盗賊の存在もありましたし、そういった戦争や略奪から村を守るために武術が必要な時代でした。
素手で略奪に来る者はいませんから、この時代の武術というのは、即ち武器術の事です。
そういった自衛のための武器術が太極拳の発祥地である 陳家溝にも代々伝わっていました。
当会で指導している剣、刀、棍、槍などは、【当会で指導している武器術】のページをご参考下さい。
武器術の習熟から内功が生じた
現在の表演用の剣や刀と違い、本物の鉄製の武器は非常に重いです。
また中国の武術術には、棍や槍、春秋大刀など、長く操作しづらい長兵器もあります。
若くて筋骨隆々な時代であれば、力で扱う事も可能かもしれませんが、年を取り、体力が衰えてしまえば、これらの武器を扱うのは無理でしょう。
それゆえ、力を使わずとも、武器を扱える技術(内功)の習得が必須だったと言えます。
陳家溝の武器術の特徴
では陳家溝の武器術には、どのような特徴があるのでしょうか?
陳家溝の武器術の特徴としては、以下のような点が挙げられます。
- 立円動作が多い
- 両手で剣を操作している
- 歩法と剣が連動している
立円動作が多いのは、武器自体の重さを利用しているためです。
中国の一般的な刀や剣は、主に片手(単手)で操作しますが、陳家の剣は両手(双手)で剣を操作します。
陳家の剣では、なぜ両手で剣を扱っているかと言うと、腕自体で剣を操作するのを制限するためです。
腕自体で剣を振るのを制限されるため、剣自体の重さを利用し、歩法によって剣を導き、その上で内功によって剣を操作する独特の技術が生まれました。
当会で指導している陳式太極拳の剣の基本技術は、【陳氏太極剣の基本】のページをご参考下さい。
【参考資料】陳氏春秋大刀(演武者は陳正雷老師)
やはり立円動作が多く見られます。また転身動作が多いのは、体のほうを大刀の回転に合わせているからです。
拳法と武器術の融合から太極拳が生まれた
ここまで紹介したように、陳家溝では、多彩な武器術が伝承され、同時に武器の扱いに長(た)けた者たちがいました。
その土地に素手の拳法が持ち込まれました。
どういう経緯で持ち込まれたかは不明ですが、ここを境に武器の達人たちが素手の拳法を学ぶ事になりました。
この武器術と拳法の出会いから、化学反応が起き、後に太極拳へと進化していきます。
その過程を知るためには、武器術と拳法のそれぞれの特徴を整理する必要があります。
- 鉄製で重い(重さを活用できる)
- 刃が付いている(刃自体に殺傷能力がある)
- 槍や春秋大刀のような長兵器もある
武器には以下のような特徴があり、これらをケガをせず、精妙に扱うには独特の技術(内功)が必要です。
それに対し、素手の場合はどうでしょうか?
- 手は重いか?
- 手に刃は付いているか?
- 手を操作するために訓練は必要か?
手を重いと感じる人はいないと思います。ただし、手の重さを使う拳法もあります。
手に刃は付いていません。ですから、手を武器化するために硬い物に打ち付ける訓練(鉄砂掌など)が発達します。
人間は、元々手を精妙に扱える動物です。そのため改めて手を操作するための訓練は必要なく、かわりに筋力を強化する訓練(外功)が発達しました。
拳法と武器術では、同じ武術と言っても、対極に位置するものだというのが分かると思います。
手を内功によって操作する拳法の誕生
素手の拳法と武器術は、本来は対極に位置するものでしたが、それらが陳家溝で出会う事になりました。
その結果、陳家溝の人達は、拳法の技を武器を操作する内功で行うようになったと考えられます。
理由は、武器の操作に長けていた陳家溝の人達は、すでに手を武器のように内功によって操作する技術を持っていたからです。
いくつか例を挙げてみましょう。
一般的な拳法では、突く腕の反対の手を腰に引きますが、太極拳では腰に引かず、突く腕の肘あたりに沿えます。
また腰をきったり、肩を入れる動作も行いません。体を左右に振らずに拳を運びます。
このように、村に持ち込まれた拳法が、武器を操作する技術(内功)によって少しずつ改変されていきました。
少なくとも、楊露禅が陳家溝で学んだ時代には、ある程度の原形はあったと思います。
その後、楊家では楊家なりの工夫が加わり、陳家溝でも独自の理論(纏絲勁など)が加わり、次第に現在の形となっていきました。
太極拳発生の過程については、【伝統太極拳の歴史】のページでより詳しく解説しています。
伝統太極拳の種類
陳家溝で発生した陳氏太極拳は、後に楊氏太極拳の創始者である楊露禅によって、陳家溝外部へと伝承されていきます。
後に五大流派と呼ばれる、呉派太極拳、武式太極拳、孫式太極拳などの創始者へと伝承され、また各派で独特の発展をしていっています。
各派の伝統太極拳に関しては、【伝統太極拳の種類】のページで紹介しています。
太極拳の内功とは?
ここまで再三にわたり、内功という言葉を使ってきました。
伝統の太極拳や八卦掌の最大の特徴は、この【内功】という独特の運動理論を有しているところにあります。
では、内功とはいったい何でしょうか?
内功と言うと、どうしても神秘的なイメージで捉えてしまいますが、実際の内功は、体を動かすための仕組みであり、ある意味非常に機械的なものです。
例えれば、それはからくり人形のからくりであり、時計で言えば、時計の内部構造にあたります。
その正確な時刻を示すために、時計の内部では様々な部品が組み合わさり構成されています。
時計の針が剣であり、時計の内部構造にあたる部分が、内功にあたります。
そして、この内功を、素手の拳法に活用しているのが太極拳です。
伝統太極拳の練習体系
伝統太極拳の練習体系は、ここまで説明してきたように、本来は武器を精妙に扱うための技術であった【内功】を素手の拳法に活用していく事を目標としています。
そのためには、具体的に何をしていけば良いのでしょうか?
一つのヒントとして、先ほど紹介した時計の内部構造を、もう一度見てみましょう。
様々な部品を組み合わせて使うには、まずそれぞれの機能を持った部品を用意する必要があります。
太極拳の場合は、この部品にあたる機能(内功)をまず養成していきます。
また、それぞれの内功によって生じる力を勁(内勁)と言い、一般的な腕力や筋力と区別して考えます。
勁は大別すると、直勁(直線的、直接的な勁)と螺旋勁(螺旋状の勁)があります。
代表的なものを見てみましょう。
太極拳の基本功
まず直勁の基本功を紹介します。
身体をポンプ化(後にピストン化)し、身体内に圧力を発生させる基本功
体内で発生させた圧力を前方へと発する基本功
体の内側から外側へと開く力を養成する基本功
直勁は、根幹の勁とも呼ばれ、上下、前後、左右などの方向に直接的に力を発生させます。
それに対し、螺旋勁は、歩法による体軸(重心)の移動から生じ、渦巻き状の感覚を少しずつ養成していきます。
意念と要訣を用い、歩法によって螺旋状の力を養成する。
歩法の稽古によって、体内に渦巻き状の力を感じたら、身法、手法を伴ない、少しずつその感覚を拡大させていきます。
単に外見を真似る(手を回す)だけでは意味がなく、内功を正しく習得している師の指導を受け、要訣を理解し、段階的に学んでいく必要があります。
内功の本質は、身体を動かす仕組み自体を変えていく事を目的としています。
歴代の拳士達が練習していく過程で、こう動いたほうが、もっと威力が出るとか、より速く動けるとか、次第に効率的な動きを求めていった結果だと思います。
太極拳の基本功に関しては、【伝統太極拳の基本と練習体系】のページでより詳しく解説しています。
太極拳の技法
伝統太極拳の技法は、上記で紹介した直勁や螺旋勁を時計の内部構造のように組み合わせて一つの技法としたものです。
と言っても、これとこれをこう組み合わせて、こう使うなどと考える必要はなく、套路(型)に含まれる技法を一つ一つ練る事で組み合わさっていきます。
最初にゆっくりと大きく行っているのが、套路(型)の動きです。
次に両手を広げている動きが、内功そのものを動かした動きとなります。
最後に行っているのが、実際の技法としての動きです。
一つの技法の中でも、上下、前後、左右、螺旋などの動きが組み合わされているのが分かると思います。
このように伝統の太極拳では、以下のプロセスで一つ一つの技法を習得していきます。
- 上下、前後、左右、螺旋などの基本的な内功の習得
- 套路(型)の動きで各内功を組み合わせる
- 組み合わせた内功そのものを動かす
- 実用時には、発生させた力を集約して用いる
もう一つの太極拳の技法の特徴は、一つ一つの技法を習得した後、いくつかの技法を組み合わせて、一つの線として用いるという事です。
この技法では、以下の三つの技法を一挙動(一つの流れ)で行っています。
- 右撩陰掌(下陰部打ち)
- 右托掌(下から顔面を打ち上げる)
- 右翻捶(裏拳打ち)
このように、一つの技法を習得した後は、いくつかの技法を組み合わせ、点ではなく一つの線として活用するのも太極拳の技法の特徴です。
太極拳の各技法については、【技法研究】のカテゴリーにて紹介しています。
太極拳の套路(型)
これらの過程を経た上で太極拳の各技法を組み合わせたものが套路(型)となります。
伝統套路は長いので、ここでは初心者向けに編成した基礎套路を紹介します。
楊式太極拳 基礎套路
楊式太極拳の主要となる9つの基本技法にて編成した基礎套路です。(演武時間2分)
陳式太極拳 基礎套路
陳式太極拳のもっとも基本となる全8式にて構成した基礎套路です。(演武時間1分40秒)
中級者向けの套路(陳式太極拳 老架式など)は、【伝統太極拳の型(套路)】のページで紹介しています。
伝統太極拳を学ぶメリット
伝統の太極拳や八卦掌を学ぶ最大のメリットは、体を壊さずに、生涯にわたって技術の追求ができるという事です。
現代的な武道やスポーツ(中国武術の表演も含む)を頑張り過ぎて、体を壊してしまった方も多いと思います。
また、日常生活の中でも、腰痛であるとか、膝痛であるとか、体のどこかに慢性的な痛みを抱えている方もいるでしょう。
伝統太極拳の動きは、内功によって生じた力を身体各部の構造を通じて伝達し、結果として全身運動を行います。
そのため、体の一部に過度な負担をかけることなく、長期的に技術の追求をしていく事ができます。
その理由は、歴代の拳士達が、どうすれば人を倒せるのかと同様に、どうすれば身体を壊さないのかも徹底的に研究してきたからでしょう。
どんな達人でも、身体を壊してしまえば、その時点で練習ができなくなってしまうので、研究せざるを得なかったいうのが実情だと思います。
伝統太極拳が体に良い理由は、下記ページで詳しく説明しています。
太極拳を学ぶ上でのデメリット
逆にデメリットとしては、やはり内功などの深い段階まで習得している指導者が非常に少ない事。
内功が伴なっていなければ、太極拳の型をいくら習っても、太極拳の本質的な部分の習得は難しいと思います。
そして、その習得には段階的な指導が必要で、長い時間がかかる事です。
まとめ
本ページでは、伝統太極拳の特徴と、太極拳がどのような過程で発生したのか、また伝統太極拳を学ぶメリットについて紹介してみました。
その上で、 当会では、以下の特徴と目的に応じた活動を行っています。
- 内功の養成を目的とした伝統太極拳の練習体系
- 太極拳や八卦掌の実用性の追求
- 太極拳と武器術の共通原理の探求
- 生物体本来の健康体の習得
伝統太極拳の練習体系にこだわり、内功の養成と、太極拳の実用性を追求してきた団体です。
その過程で太極拳と武器術との共通原理を探り、その結果として、心身の健康を取り戻す事を目的に活動しています。
興味を持たれた方は、【湧泉会の特徴】のページをご覧下さい。
当会での学習を希望する方は、受講案内のページにお進み下さい。
初稿 2021年3月7日
第二稿 2022年7月3日