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伝統太極拳の歴史

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本記事では、太極拳がどのような過程を経て発生したのか、伝統太極拳の歴史について考察してみたいと思います。

太極拳の歴史(一般論)

楊式太極拳 攬雀尾 ポン勢の写真

太極拳の歴史については諸説あり、現在でも確定はしておりません。

古くは、張三丰という仙人が創始したとする説。

槍の達人であり「太極拳譜」を遺した王宗岳が創った説。

また太極拳の発祥の地とされる陳家溝では、陳氏第一世 陳卜の創始説や第九世 陳王廷の創始説などがあります。

いずれにしても、明確なのは、陳氏第十四世 陳長興の時代に、陳家溝で練習されていた武術を、楊氏太極拳の創始者である楊露禅が学んだという事です。

そして、この楊露禅を起点として、武式太極拳や呉式太極拳が生まれ、後に世界中に太極拳が広まる事となりました。

各太極拳の特徴は、伝統太極拳の種類のページをご覧下さい。

当会で指導している太極拳の種類(陳式、楊式、楊式小架など)当会で指導している陳式太極拳と楊式太極拳(大架と小架)を中心に呉式、武式、孫式、和式など各派の太極拳の特徴を紹介しています。...

太極拳の歴史的な検証は、今後も研究者の方々に期待するとして、本記事では「太極拳がどのような過程で生まれたか」を武術的な観点から考察していきたいと思います。

太極拳はどのような過程で生まれたのか?

太極拳がどのような過程で発生したかを考えるには、まず中国という国がどういう国なのか、そして太極拳の発生当時の時代背景を知る必要があります。

中国とは、どういう国?

万里の長城の写真
万里の長城は、北方の騎馬民族の侵略に備えて建設された。

中国という国は、とてつもなく広大で、多民族、そして多宗教な国家です。

大多数は漢民族ですが、ラストエンペラーの清の時代は、満州族が支配していましたし、元の時代は、モンゴル族によって統一されていました。

また仏教、道教、儒教のそれぞれに多数の宗派がありますし、チベット仏教やイスラム教を信仰している地域もあります。

中国は、これらの多民族、多宗教な人々が有史以来、絶えず国盗り合戦をしてきた国です。

太極拳発生当時の時代背景

現在のウクライナの情勢をみれば分かるように、一たび戦争となれば、法律や警察の効力は無くなり、無法状態となります。

また現在の中国が建国されるまでは、馬賊や盗賊による襲来もありました。

そういった事態に備え、自衛のために武術が必要な時代でした。

当然、素手で侵略や略奪に来る者はいませんから、この時代の武術というのは、即ち武器術の事です。

そして、自衛のための武器術が太極拳の発祥地である河南省温県 陳家溝にも伝わっていました。

馬賊とは

元々は自衛のための騎馬集団であったが、他の村を集団で襲い略奪行為を行う者もいた。

後にその武力を買われ、契約する村を守る護衛の仕事も行うようになった。

より強大な武力を持つ馬賊は、後に軍閥となる者もいた。

陳家溝の武器術

陳氏太極単刀の写真
(写真は陳氏太極単刀)

では、陳家溝では、どのような武術や武器術が伝わっていたのでしょう?

陳家溝では、現在でも刀、剣、槍、春秋大刀、双刀などの武器術が多く伝承されています。

また現在は失伝していますが、弓矢などの名手もいたと思います。

陳氏太極拳の武器術の特徴

次に陳式太極拳の武器術の特徴を見てみましょう。

まずは以下の動画を見てみて下さい。

陳式太極剣

この技法は、別名「車輪剣」と言い、陳氏太極剣の基本功の一つです。
同じく陳氏太極剣の基本功である倒捲肱。車輪剣とは逆回転の動きをします。

これらの剣の動作からどのような特徴を感じるでしょうか?

一例としては、以下のような点が挙げられると思います。

陳氏太極剣の特徴
  • 立円動作である
  • 両手で剣を操作している
  • 歩法と剣が連動している

一つ目は、立円動作である事。上から下に斬り落としたり、下から上へ斬り上げて終わりではなく、一連の円の動作となっています。

次に両手で剣を操作している事。日本の剣術は両手で刀を持ちますが、中国の剣術は通常、片手で操作します。

剣によって歩が導かれ、あるいは歩によって剣を操作します。

陳氏太極剣について、より詳しくは、陳氏太極剣の基本のページをご覧下さい。

陳式太極剣の座盤反撩の写真
陳式太極剣の基本本記事では、陳式太極拳の剣術套路である陳式太極剣の特徴と基本功、基本技法について紹介しています。...

陳氏春秋大刀

次に同じく陳氏太極拳の代表的な兵器である春秋大刀の動きも見てみましょう。

陳氏春秋大刀(演武者は、陳正雷老師)

套路(型)全般を通じて言えるのは、単に突いたり、斬ったりする動作だけでなく、武器を縦にくるくると回している動作が目に付くと思います。

この武器を縦に回す動作を舞花と言い、現在では棍術の表演などで見かけますが、本来の伝統の槍術や棍術では、非常に珍しい動作です。

なぜ陳氏の武器術では、この舞花や剣の車輪剣のような立円動作を行うのでしょうか?

舞花は、技法としての意味もありますが、この舞花を繰り返す事で、体の中に武器と歩法を連動させる仕組みを作るためです。

それは、どのような仕組みかと言うと、時計の中身のようにいくつもの歯車が組み合わさった仕組みの事です。

時計の中身の写真
時計の中身は、大小さまざまな歯車や部品があり、非常に精巧に作られている。

太極拳や陳家溝の武器術では、この時計の中身と同様の仕組みを体の中に作っていきます。

そして、この仕組みの事を、太極拳では「内功」と言います。

内功を体感して頂く一例として、以下の動画の前半部分をご覧下さい。

この技法は、八卦掌の獅子揉球という基本功です。

動画の前半部分に胸の前でボールを回しているような動作があります。

この動作をデフォルメして、手首に毛糸を巻くようなイメージでやってみて下さい。「いーとー巻き巻き」という童謡がありましたが、そのイメージです。

どうでしょうか?慣れてきたら反対側にも回してみて下さい。

手を回す動作に合わせて、何か体の中が回転しているような感じがしませんか?

この手と連動する体の中の動きが内功です。

内功については、太極拳の本質、内功についてのページで詳しく解説しています。

太極拳の本質、内功とは?のロゴ画像
太極拳の本質、内功とは?太極拳の本質である内功とは?その意味や内功の練り方、鍛え方、鍛錬法について実例を用いて紹介しています。...

なぜ内功が必要か?

では、なぜ内功が必要だったのか考えてみましょう。

それは、鉄製の重たい武器を、力を使わずに、精妙に操作する必要があったからです。

現代の表演用の武器と違い、鉄製の武器は非常に重たいです。

その上で刃が付いています。刃が付いているという事は、自分自身もケガをする可能性があるという事です。

重たくて、ケガをする可能性のある物を、腕力で振り回しても、腕がすぐに疲れてしまい、とても精妙な動きなど行えないでしょう。

そこで、陳家溝の先人達は、色々と考えました。

結論としては、腕力で武器を振るうのではなく、武器自体の重さを利用する事にしました。

陳氏の武器術では、縦の立円動作が特徴だと述べてきました。

立円動作を用いる事で、武器自体が落ちる力(重力)を利用して、力を使わず、武器を振り上げる事ができます。

陳式太極剣 倒巻肱の写真
陳氏の武器術では、武器自体の重さを利用し、剣を操作する。(写真は、陳氏太極剣の倒巻肱)

そして、武器を振るのではなく、武器のほうに自分の体を合わせるのです。

歩法も武器の動きに合わせて導かれます。

そうする事で、武器と歩法が連動する仕組み(内功)が形成されていきます。

内功が形成されれば、逆に歩法によって武器を操作する事も可能となってきます。

このような過程を経て、陳家溝では、独自の理論体系を持つ武器術(剣や槍など)の技術が発展していきました。

参考資料、陳氏太極槍(演武者は陳正雷老師)

槍の套路でも、やはり舞花の動作が多く見られます。

転身動作が多いのは、槍の回転に体のほうを合わせているからです。

当会で指導している剣、刀、棍、槍などは、当会で指導している武器術のページで紹介しています。

陳氏太極剣の展翅点頭という技法の写真
当会で指導している中国武器術(太極剣、太極刀、八卦大刀、槍、棍)太極拳や八卦掌などの中国武術で使用する武器には、太極剣、太極刀、八卦大刀、子母鴛鴦鉞、槍、棍などがあり、当会で指導している中国武器術を紹介します。...

拳法と武器術の融合から太極拳は生まれた

陳式太極剣の斜飛勢の写真
陳式太極剣 斜飛勢

ここまで説明したように、陳家溝では、独特の理論体系を持った武器術が伝承されてきました。

つまり、当時の陳家溝の人達は、武器を扱う内功を身に付けていたと言えます。

その土地に素手の拳法が持ち込まれました。

この時代の拳法と言うのは、少林寺を発祥とした徒手武術の事です。

仏教徒は殺生が禁じられているため、少林寺では素手の格闘術や刃の付いていない棍術などが発展しました。

どういう経緯で持ち込まれたのかは不明ですが、陳家溝の人が外部で学び、持ち帰った。あるいは、外部から師範を招聘して学んだかのどちらかだと思います。

いずれにしろ、拳法と武器術の身法(内功)が融合され、太極拳という独特の拳法が発生していったというのが当会の考えです。

ひとつの具体例を見てみましょう。

長拳の順歩単掌の写真
長拳の順歩単掌

上の写真は、長拳などの少林拳系に見られる順歩単掌、もしくは順歩推掌と言われる技法です。

順歩推掌は、顎先から手刀もしくは掌を直線的に打ち出します。

次に以下の動画をご覧下さい。

この技法は、陳式太極拳の懶扎衣という技法です。

どちらも右掌を打ち出している点は同じですが、懶扎衣のほうは、下から上へ螺旋状に力を引き上げています。

この動きは、前述した車輪剣の下から上へ剣を引き上げる動作からきています。

陳氏太極剣の車輪剣という技法の写真
陳式太極剣 基本功 車輪剣

このように、陳家溝では、武器術の身法(内功)と徒手拳法の技法が融合し、独特の拳法を形成していきました。

その過程で、陳家溝で武術を学んだのが、楊氏太極拳の創始者である楊露禅です。

現在の陳式太極拳と楊式太極拳の風格はかなり異なりますが、原形としては早くに分派した楊式のほうが、当時の形に近いと思われます。

陳家溝では、その後も歴代の拳士達によって、さらに独自の発展を遂げ、徐々に現在の陳式太極拳となっていきました。

この陳家溝で発生した拳法が、後に武式や呉式、孫式などの創始者によって更に工夫され、各派の太極拳へとつながっています。

つまり、仙人や誰かが一代で太極拳を作ったというよりも、歴代の伝承者達の工夫によって、少しずつ発展してきたのが太極拳と言えると思います。

まとめ

今回は、太極拳がどのような過程を経て発生してきたのか、一般の文献に記載されている内容ではなく、私自身が30年近く太極拳を学んできた上で、思う事を書いてみました。

あくまで一個人の見解ですので、一つの参考として頂ければ幸いです。

私は若い頃は、武器術にさほど興味がなく、素手の太極拳や八卦掌の練習ばかりしていました。

40代に入り、鄭先生から古伝の太極剣や36式太極刀、李老師からは八卦大刀、また陳式の先生からも古い剣術や梨花槍などを学ぶ機会があり、武器を練習する事でずいぶんと体が変わるのを感じました。

また、昔学んでいた陳氏の太極単刀や単剣なども改めて考察する事で、太極拳と武器術の共通した原理を確認する事もできました。

いま一つ疑問に思っているのは、太極刀に関してです。

陳氏の太極剣と楊家の太極剣は、套路の構成が同じで、風格は異なっても同根のものです。

それに対し、太極刀に関しては、套路の構成が陳氏と楊氏では、まったく異なっています。

楊露禅は、トータルで30年近く陳家溝で学んでいますから、現在の陳式刀がその当時伝わっていたのであれば学んでいる筈です。

ところが楊氏に伝わる太極刀は、現在の陳式刀とは全く異なりますから、楊家で新しく創作したか、当時陳家溝で練習されていた刀は楊式刀という事になります。

もし、何かご存知の方がいれば、ご指導頂ければ幸いです。

今後も何か新しい発見がありましたら、記事を改訂していきますので、機会があれば定期的に本記事にお越し下さい。

今回も最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。

伝統太極拳の特徴や概要に関しては、以下のページもご参考下さい。

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