今回は、楊式太極拳の手揮琵琶(しゅきびわ)と提手上勢(ていしゅじょうせい)について、その言葉の意味や用法例を改めて考察してみたいと思います。
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手揮琵琶と提手上勢の意味
まず、手揮琵琶の琵琶は、琵琶法師が弾く楽器の琵琶の事です。
琵琶を弾く手の形が手揮琵琶の手の形とよく似ています。
ただ、揮には本来、揮(ふる)うといった意味があり、指揮する、発揮するなどの文字でも使われています。
そう考えると、単に琵琶を弾いているというよりは、腕前を披露していると捉えたほうが良いかもしれません。
提手上勢の提には、いくつかの意味がありますが、提手上勢の動作を鑑みるに、吊るす、ぶら下げるといった解釈が一番ピッタリくると思います。(他に持ち上げる、差し出すなどの意味もあり)
提手上勢で、上に向かって手をつるし上げる勢(気勢、姿勢、動作)という意味です。
特に呉式太極拳の提手上勢は、手が上に吊るし上げられるような動作です。
初収から手揮琵琶への変化
楊式太極拳の手揮琵琶の原型は、陳式太極拳の初収という架式です。
では、初収の原型はというと、陳氏太極単刀の護心刀という技法から来ています。
見て分かるように、これらの技法(架式)は、所謂【構え】と言って良いと思います。
それに対して、楊式太極拳の手揮琵琶は、どうでしょうか?
確かに構えと言われれば、構えのようにも見えますが、初収と比べると、前方に集中する意識は弱く、逆に手前側に引き寄せる引勁の意があります。
また前足は、初収のように、かかとを浮かせた一般的な虚歩ではなく、逆にかかとを地面に付け、つま先を浮かせた虚歩となります。
なぜ楊露禅は、このような立ち方に初収を変えたのでしょうか?
その理由は、陳式太極拳と楊式太極拳の違い、すなわち陳家溝を出た後の楊露禅の道程にあると思われます。
楊露禅の陳家溝後を考える
楊露禅は、約30年ほど、陳家溝に滞在し、太極拳を学んだと言われています。
当時の陳家溝の太極拳は、どちらかというと護身術的な用法が多く、また基本的に村民全体が同門であり、手合わせをするにしても推手で行うのが一般的だったと推測されます。
それに対し、陳家溝外では、友好的な手合わせの場合は、塔手といった手首を触れた状態からの自由攻防が主だったようです。
そのため、陳家溝を出た後の楊露禅は、この塔手に対応すべく太極拳の各技法の改変していったと思われます。
どのように改変していったかは、用法例の項目で考察してみましょう。
一般的な手揮琵琶の用法例
下の写真は、手揮琵琶の用法例として、よく紹介されている擒拿技法(関節技)です。
また浮き上がらせた後、前に崩しての投げ技への変化も可能です。
ただし、この技法は、相手の左腕一本を征するために、こちらは両手を使っており、戦術的には、やや不利と言えます。
また手揮琵琶や提手上勢の次式である、白鶴亮翅や摟膝拗歩との連絡性も感じられません。
手揮琵琶の打法応用
塔手などの自由攻防で活用可能な打法応用を考えるにあたり、もう一度手揮琵琶の架式を観察してみましょう。
手揮琵琶の架式(勢)には、まず全体的に掤(ポン)の勁が張り巡らされています。
その上で求心的な引勁の力も存在します。
また、別称の提手上勢にあるように、上につるし上げられる提勁も内在されています。
つまり、手揮琵琶には、掤、引、提 の三種の勁があり、技法としても三種の打法があります。
掤(背掌)
下の技法は、掤勁を用いた背掌です。
技法の前半に行っている動作は、掤勁から引勁への転換です。
この技法では、塔手の状態から掤勁で接し、掤勁を途切れさせないように、引勁へと転じ、相手を崩した後に、掤勁を用いた背掌を発しています。
掤勁から引勁に転じるさまを、拡大して見てみましょう。
これは実際に触れてみないと分かりませんが、掤勁で接せられる感覚というのは、例えればバランスボールで推されているような感覚です。
人間というのは、明確に力の方向が分かっていれば、その力に抵抗する事ができますし、いなす事もできます。
それがバランスボールのように、押し辛く、かつ方向性の分かり辛い力に対しては、押し返す以前に、どの方向に抵抗すれば良いのかを探ろうとします。
その探ろうとしている隙に、引勁へと転じ、相手を崩し、掤勁を用いた背掌を打ちます。
実用の際には、掤で接した瞬間に、相手を戸惑わせ、右引手で引き寄せ、放ちます。
引(抱掌)と提(托掌)
では次に、引勁を用いた抱掌と提勁を用いた托掌を紹介します。
抱には抱き寄せるの意があり、打ち出すというよりは、引勁によって引き戻す力で発せられます。
開合で言えば、合にあたり、ボクシングのフックに近い軌道ですが、やはり引勁を用いる点が根本的に違うと思います。
托掌は、下から上へと打ち上げる打法ですが、ボクシングのアッパーカットのように腰をひねる動作は用いず、この技法も弱冠の引勁を用いて、上へと発します。
最後に単練での、背掌、抱掌、托掌を確認してみましょう。
2月の凍えるような日に撮影したので、少し動きが鈍いですね(^-^;
手揮琵琶の応用技法
手揮琵琶の応用技法として、次式である摟膝拗歩へつなぐ技法を紹介します。
単鞭について詳しくは、こちらのページをご覧下さい。
摟膝拗歩については、こちらのページをご覧下さい。
ここに紹介している順番通りに行う必要はなく、一つのバリエーションだと思って下さい。
下の動画では、上記で紹介した技法を用いながら、手揮琵琶に含まれるつま先蹴りへとつなげています。(悪用厳禁)
この蹴り技は、提勁を用いていますが、内に引勁を含んでいます。
提手上勢の原型
楊式太極拳の提手上勢は、陳式太極拳の第二金剛搗碓の片足で立ち上がり、天に向かって拳を突き上げている架式を基としています。
この姿勢を朝天勢と言い、提手上勢の原型と言えます。
提手上勢の応用例
提手上勢の用法は、手揮琵琶と同じく、掤、引、提などを基本としますが、ここでは応用例として、次式である白鶴亮翅へつなぐ技法を紹介します。
下の動画は、楊式太極拳の套路(型)の提手上勢から白鶴亮翅の動きです。
では、この動きの応用例を見てみましょう。
この技法を簡潔に解説します。
相手は、提手上勢に反応しているため、非常に防御がしにくい状態となっています。
白鶴亮翅については、こちらのページをご覧下さい。
ここから頭部を押さえ、分脚への変化も可能です。
まとめ
今回は、楊式太極拳の手揮琵琶(しゅきびわ)と提手上勢(ていしゅじょうせい)について、その言葉の意味や用法例を紹介してみましたが、いかがだったでしょうか?
本記事を書いてみて、手揮琵琶や提手上勢は、「手で琵琶を弾いているように」とか「手が上につるし上げられるように」といった口訣そのものを技法名としている事が確認できました。
太極拳の技法としては、脇役的な手揮琵琶や提手上勢について、色々と考察できて楽しかったです。
あくまで、一つの私見となりますので、参考になれば幸いです。
他の楊式太極拳の技法については、【技法研究 楊式太極拳】のカテゴリーで紹介しています。
手揮琵琶や提手上勢と関連が強い、以下の技法もよろしければ、ご参考下さい。
手揮琵琶の前後の架式である摟膝拗歩(ろうしつようほ)の意味や型の分解動作、用法例について紹介しています。
提手上勢の次式である白鶴亮翅(白鵝亮翅)の意味や型の分解動作、用法例について紹介しています。
今回も、最後までお読み頂きありがとうございました。
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