皆さんは、太極拳の化勁(かけい)についてご存知でしょうか?
化勁の解釈は、門派によって様々ですが、現段階で私が理解している化勁の定義と仕組みについて解説します。
化勁とは?
化勁とは、勁を化かすと書きます。
勁(けい)は、直訳すると速いとか強いといった意味ですが、この場合は中国武術独特の力、特に太極拳の場合は内功によって生じた力といって良いと思います。
内功については、こちらのページで解説しています。
化には、変える、変化させるといった意味以外に中国語では、溶かす、消化させるなどの意味もあります。
化勁で、相手の力を変化させる。または相手の力を溶かす、消化させるといった意味になります。
確かに化勁について質問をすると、「相手の力を無力化させる」と答える方が多いように思います。
また一般的には、太極拳の推手のように、相手の力をそらす、さばくといった印象をお持ちの方も多いようです。
解釈は人それぞれなのですが、現在の私自身の解釈とは少し異なるため、次項で当会の「化勁の定義」について解説します。
当門の化勁の定義
化勁とは「相手の力を無力化させる」と解釈される事が多いですが、まず当門の場合は、無力化させると共に吸着させます。
吸着とは、文字通り引っ付けるという意味です。
また、この引っ付けた状態というのは、相手と一体化した状態でもあります。
一体化した状態というのは、相手の力と調和した状態、あるいは相手の力と釣り合った状態の事です。
言葉だけでは伝わり辛いので、実際に化勁のかかった状態がどんなものか、映像で見てみましょう。
ご覧のように、相手の手が引っ付いています。
また引っ付けた状態を維持したまま、相手をコントロールしています。
じゃあ、離れれば良いだろうと思うのですが、離れたくても離れられない状態を作り、それをコントロールするのが化勁です。
無力化 + 一体化 = 吸着化現象
吸着化状態を維持しながら、様々な変化(崩し)が可能。
実際には、吸着化して崩すまでを、当会では化勁と捉えています。
崩す方法は、一体化した状態を維持したまま、歩法を用いる方法と内功による身法を用いる場合とがあります。
化勁の仕組み
では、どうすれば、このような現象が起きるのか、化勁の仕組みについて考えてみましょう。
まず無力化 + 一体化 を可能にするためには、掤(ポン)勁の習得が必須となります。
その上で、人間特有の生態や人体の構造を知る必要があります。
順に解説していきましょう。
掤勁の習得
掤勁は、太極拳特有の用語ですが、一言で言えば、身体の内面から拡がる膨張感の事です。
実際には、重力に抗う力、抗力を源泉としています。
掤勁を習得するためには、以下のような稽古が有効となります。
余談ですが、化勁がある程度使えるようになると、站樁の感覚、掤勁の感覚もずいぶんと変わってきます。
こういった練習を並行しながら、太極拳の基本功や套路(型)の練習を行い、どのような状態でも掤勁が維持できるようにしていきます。
当会の太極拳の基本功や練習体系については、こちらのページをご参考下さい。
八卦掌の基本や練習方法については、こちらのページをご覧下さい。
また、単練(一人練習)だけでは、掤勁をどの程度張り出せばよいのかが分かりませんから、やはり推手などの対練も有効です。
当会の推手については、以下のページで紹介しています。
上記のような練習を積み重ねながら、常時掤勁が維持できる体を作っていきます。
人間特有の生態
人という字は、人と人とが支え合っているという言葉を聞いたことがあります。
その語源が正確かは分かりませんが、人間というのは、もたれかかりたがる生物であるのは、確かだと思います。
電車内を観察すると、壁でも、手すりでも何かあれば寄りかかっていますし、吊り輪をつかんでいないとバランスを保つ事もできません。
理由は、人間は生物の中で唯一、二足歩行を行い、脊椎を垂直に維持しているため、四足動物と比べて非常に不安定な立ち方をしているからです。
不安定だからこそ、何かにもたれたがり、すがりたがります。
化勁の吸着化現象は、この人間特有の生態を利用し、人為的に藁にもすがる状態を作りだす事で可能となります。
化勁の原理
上記の内容を頭に入れた上で、実際に掤勁や化勁を習得している先生や先輩との対練を通じ、化勁を身に付けていきます。
青い矢印が緑色のシャツの人の力の方向線、赤い矢印が黒いシャツの人の方向線です。
人間は、相手の力の方向(焦点)が明確に分かれば、その力に対して抵抗する事ができます。
つまり押されたら押し返し、引かれたら引き返す事ができます。そこに力の拮抗が生まれます。
力の拮抗が起きた場合は、力の強いほうが勝ちます。結果は明白です。
ところが、その一方が風船で押してきたらどうでしょう?(掤勁で接せられる感じは風船の感覚に似ています)
風船で押されたほうは、力の焦点が分からないため、必死に力の焦点を探そうとします。
同時に、ある程度は押し返さないと、押し負けてしまいますから、何とか押し返そうともするでしょう。
そこに不安定な、黄色いアーチが形成されます。(実際には、この段階ですでに化勁がかかっています)
このアーチは、力が拮抗した状態とは違い、非常に不安定です。押していても、押している実感がありません。
また、こちらの力を吸い取られているようでもあります。足はつま先立ちになり、バランスが崩れそうです。
外見上は、単に手首を合わせた状態ですが、内面ではこのようなやり取りが行われています。つまり相手は、藁にもすがりつつある状態です。
そこで、この黄色いアーチのかかった状態を維持したまま、アーチごと引くなり、上げるなり、回すなりして崩すのが化勁です。
まさに「言うは易く行うは難し」ですが、次項以降で、化勁の実例練習を紹介していきましょう。
化勁の実例練習
化勁には様々な種類がありますが、相手の攻撃線(方向線)ごとに分類して紹介します。
前後の方向線に対しての化勁
相手の押す力に対しては、「化勁の定義」の項でも紹介しましたが、ここでは同様の技法を推手からの変化として紹介します。
さて、「これがいったい何の役に立つの?」と疑問を持つ方もいると思います。
正直を言えば、化勁をかけた後のくるくる回している部分はおまけです。
重要なのは、化勁をかけて導くところ迄です。
ただし、ここまでだと本当に化勁がかかっているかが分かりませんから、相手を回転させて、化勁がかかっているかを確認しています。
次に、この練習がどう役立つのか、太極拳の単鞭を例に考えてみましょう。
下の連続写真は、単鞭の用法例としてよく紹介される技法ですが、実際には化勁がないと入れませんし、相手は下がって逃げると思います。
この瞬間に化勁をかけます。ここで不安定なアーチが築けない場合は、この先のストーリーは存在しません。
先ほどの動画では、この後くるくる回していますが、実際の技法では回さず、次の動作へと移行します。
化勁をかけているため、右手は相手の手首をつかんでいません。
また、相手の左手が硬直している点にも注目。理由は分かりませんが、化勁がかかると反対の手にも作用します。
単鞭の他の用法例などは、こちらのページで紹介しています。
化勁が具体的にどう役立つのかと言うと、化勁をかける事で、相手に密着するまでの時間的、空間的な間(ま)を作る事ができるという事です。
推手から化勁への変化をもう一例紹介します。
この実証例では、推手から手の甲同士を引っ付けて、上へと導いています。
回しているのはおまけです。重要なのは化勁をかけて、上へ導くまでです。
さて、化勁で上へ導く事で、どのようなメリットがあるでしょうか?
ここまでは、化勁をかけて相手の力を導く方法を紹介してきましたが、化勁には逆に封じ込める技法もあります。
封じ込めの場合は、相手の関節が曲がる方に、逆に折り畳んでいきます。
ただし、限界点があり、その限界点を超えて無理に押し込もうとすると、解けてしまいます。
所謂、不過不及というやつです。何でもそうですが、ほどほどが大事です。
さて、この封じ込めの化勁をどう活用していくか、各自で考えてみましょう。
上下の方向線に対しての化勁
次に、相手の上や下へ向かう力に対しての化勁の実例を紹介します。
すごく地味な練習ですが、相手の力を下へ導く事で、相手の上段が虚となり、劈掌などの上段を狙う技法を打つための間(ま)を作る事ができます。
※ 劈とは斧を振り落とすという意味。
次に相手の上から下へ押さえる力に対しての化勁の実証例を紹介します。
相手の方は柔道二段で、学生時代は柔道や相撲の県大会で上位入賞されています。押さえられた瞬間、あまりに力が強くて、思わず苦笑いしています。
太極拳的には、掤(ポン)から捋(リー)への変化となります。
応用としては、上げてから中段や下段に入る。あるいは、そのまま相手の腕を巻き込んでの投げなどがあります。
つかまれた手首から渦巻き状の力を腕、体へと伝えていき、最後まで渦の中から逃がさずに、相手を巻き込んで投げます。
上から下へ押さえる力の応用例として、手首をつかまれた上で、押さえられた場合の化勁を紹介します。
この技法も掤(ポン)から捋(リー)への変化です。
左右の方向線に対しての化勁
左右の方向線にも色々とあるのですが、ここでは相手の開く力、閉じる力に対しての化勁を紹介します。
単なる受けの場合は、相手に対して何の作用も起きませんが、化勁をかける事ができれば、相手に対して、こちらの力を作用させる事ができます。
つまり、攻撃に転じる間(ま)を作る事ができます。
この技法も相手を回して投げている部分はおまけです。化勁が掛かっているかどうか、またこちらの合勁が作用しているかどうかを確認しています。
合の化勁から、相手の両手を交差し、肘打ちや手刀へとつなげています。
相手が肩を押さえる瞬間、あるいは押さえようと思った瞬間に化勁をかけています。
では最後に、相手の閉じる力(合)に対して、こちらは開の化勁で対処する例を紹介します。
当然ですが、やはり受けているだけでは相手に何の作用もしません。受ける瞬間に化勁をかける事で、こちらの渦の中に相手を巻き込む事ができます。
この技法では、八卦掌の磨身掌の意法や歩法を用いています。
実際には、わざわざ円の中に入る必要はなく、最初の接触時に化勁が掛かっているかどうかが重要です。
基本編 まとめ
今回は、現段階で私が理解している化勁の定義と仕組みの【基本編】について解説してみましたが、いかがだったでしょうか?
化勁を映像や文章で解説するには限界があり、見た目にも現象の分かりやすい技法のみを抜粋して紹介しました。
それでも、化勁に関しては、本当に化勁を習得している師について学ぶ以外の方法はないと思います。
本文でも触れましたが、化勁の練習が、即実戦という訳ではありません。
ただし、【化勁の習得】を目的に学ぶ事で、攻撃に転じる間(ま)を作る事ができます。
また、人体の生理反射や構造を理解するのにも役立ちます。
昔、私が内家拳の基本を学んだ先生が「内家拳は芽が出るかどうかが大事」と、よく仰っていました。
では芽とは何だろうと考えると、やはり他の武道や格闘技に無いもの、つまり内功による身体操作と化勁ではないかと思います。
今後も当会では、これらの技術を基に会員諸氏と研鑽していきたいと思います。
引き続き、化勁についての【初級応用編】をご覧になりたい方は、こちらのページ にお進みください。
当会に興味を持たれた方は、【湧泉会の特徴】のページをご覧下さい。
当会での学習を希望する方は、受講案内のページにお進み下さい。
今回も最後までお読み頂きありがとうございました。
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